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広島高等裁判所岡山支部 昭和33年(ネ)83号 判決 1960年6月27日

控訴人(原告) 中備殖産株式会社

被控訴人(被告) 笠岡税務署長

訴訟代理人 森川憲明 外八名

原審 岡山地方昭和二九年(行)第一六号(例集九巻九号163参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和二十九年二月二十八日に更正決定をした同二十八年一月一日から同年十二月三十一日までの事業年度における法人所得税額金七十七万九千三百四十円を金六十九万一千九百円に変更する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、書証の認否は、左記に補充するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人は

(一)  控訴会社の当時の代表取締役遠藤義男、常務取締役塩飽似滝、同坂本勇に支給した本件の各手当は、次の事実によつても明らかなとおり、使用人兼務役員に対する賞与と認むべきものである。すなわち、

(1)  控訴会社は資本金百二十万円の小規模な会社であつて、その発行済株式の総数は被控訴人主張のとおりであるが、株主は多数に及び、そのうち遠藤義男は二百五十株、塩飽似滝、坂本勇は六百二十五株を各所有していたに過ぎず、しかも、右三名間には親族関係をも存しないのであるから、株主総会における右各取締役の地位は、被控訴人の主張するように安定したものではない。

(2)  前記のとおり、控訴会社は小規模な会社であるところから、右三名の取締役は、取締役本来の職務を執行するより、むしろ殆んど使用人としての職務に従事していたもので、本件の各手当の率も、普通の会社従業員に対する賞与のそれよりも低い、夏季十割、年末十五割に過ぎなかつたのである。しかも、当時遠藤義男は四名、塩飽似滝は三名、坂本勇は五名の各家族を擁していたほか、仮に、右三名の取締役が控訴会社のほかに職を得ていたとするなら、当然本件の手当程度の収入を得ていたことは明らかである。従つて、本件の各手当は、右三名の取締役に対する生活費の補充、労働剰余価値の対価的給与と解すべきである。

(3)  のみならず、本件の各手当は、決して多額に過ぎるものではない。なぜならば、控訴会社は、昭和二十八年の事業年度において金百五十九万円余の利益を挙げているが、これは控訴会社所在地付近における同程度の他の会社に比し最高のものであるといつても過言ではない。しかして、右の利益は、右三名の取締役が全力を傾注して控訴会社の運営の衝に当つた結果によるものであるから、本件の手当の如きは、控訴会社の業績に照し、決して多額に過ぎるということはない。

(二)、仮に、本件の各手当が、使用人兼務役員に対する賞与と認め得ないとしても、本件更正決定は、次の理由によつて変更さるべきである。すなわち、商法第二百六十九条は「取締役ガ受クベキ報酬ハ定款ニ其ノ額ヲ定メザリシトキハ株主総会ノ決議ヲ以テ之ヲ定ム」と規定して、その支給時期、方法等についてはこれを執行機関たる取締役会に一任し、取締役会は定款に定められた報酬額を自由に配分することができるのであつて、しかも、右報酬は会社の事業遂行上必要な経費であるから、法人税法上当然損金に計上すべきものである。ところで、控訴会社の定款第三十四条には被控訴人主張のとおりに規定されているから、右報酬額金三百万円(年間)の範囲内で支給された本件の手当は、控訴会社運営の必要経費として、右にいう損金に算入すべきである。と陳述した。(立証省略)

被控訴代理人は

(一)、控訴会社の当時の代表取締役遠藤義男、常務取締役塩飽似滝、同坂本勇は、いずれも控訴会社の実権を掌握している者であるから使用人兼務役員に該当しないのみならず、右三名に支給した本件の各手当は役員賞与と解すべきものである。これを敷衍すると、次のとおりである。

(1)、先ず、控訴会社の発行済株式の総数は一万二千株であるが、そのうち控訴会社の役員およびその親族縁故関係にある二十一名で所有する株式は過半数の六千九百二十五株であるため、株主は、事業の執行に当る右三取締役に会社の運営を一任して、これに対する関心に欠けている。従つて、かような実情からみても、控訴会社運営に関する実権が右三人の取締役の掌中に存することは明らかである。

(2)、次に、控訴会社の役員に対する報酬は、当該地区付近における同程度の一般会社の代表取締役の報酬に比較して高額であり、このことによつても、本件の各手当が一般使用人に対する給与の追補的性質を有するものでないことは明らかである。

(3)、のみならず、会社役員に対する報酬は、会社の利益の多寡によつて定まるものではなく、役員として会社の業務に従事した労務の対価として、予め定款に定められた範囲内で、しかも取締役会で定められた各役員の報酬額に基いて支給されるものである。従つて、控訴人の主張するように、控訴会社の利益向上に対する報酬という意味で本件の各手当が支給されたとするなら、とりもなおさず、控訴会社の決算確定前に会社の利益を予測して役員に手当を支給したこととなり、結局、法人税法上益金に算入すべき手当、換言すれば、役員賞与を支給したことになる。

(二)、控訴会社の定款第三十四条には「取締役及監査役竝に相談役に対する報酬は一ケ月の総額二十五万円以内として各員の報酬月額は取締役会に一任する」と規定されているが、右は、役員に対する一カ月の最高報酬額を定めたものであつて、一年間の最高報酬額を定めたものではない。蓋し、控訴人の主張するように、右定款は控訴会社役員に対する一年間の最高報酬額を金三百万円に定めたものとするなら、取締役会は、定款に定めた前記一カ月金二十五万円の最高報酬額と取締役会の定めた後記一カ月金十五万一千円の報酬額との差額を、順次翌月に繰り越し、もつて、控訴会社の所得を測定し得る時期に至つた際、恣意的に一括して一年間の最高報酬額(金三百万円)に達するような執酬の支給を定め、もつて、控訴会社の利益を不当に削滅することになるからである。ところで、控訴会社は、右定款の規定に基き昭和二十八年一月二十四日の取締役会において、各役員の報酬月額を、遠藤義男が金四万円、塩飽似滝、坂本勇が各金三万三千円、監査役高田武夫が金二万円、同山成愛一が金一万三千円、外四名の役員で計金一万二千円、合計金十五万一千円と定めたものであるから、右金員を超えて報酬を支給することは許されない。のみならず、本件の各手当が役員報酬の不足額を追給したものでないことは、取締役会において、役員報酬を必要に応じて随時増額していた事実によつても、明らかである。

と陳述した。(立証省略)

理由

一、控訴会社が金融を目的とする株式会社であり、遠藤義男はその代表取締役、塩飽似滝、坂本勇がそれぞれの常務取締役であつたこと、控訴会社は昭和二十八年一月一日から同年十二月三十一日までを事業年度とする法人所得に対する法人税額を金六十七万七百八十円と申告したところ、被控訴人は同二十九年二月二十八日右取締役三名に対する夏季手当および年末手当は役員賞与であるとしてこれを益金に算入したうえ、右申告税額を金七十八万九千三百四十円と更正決定をしたこと、控訴人は同年四月二十四日広島国税局長に対し右決定に対する審査の請求をなしたところ、同年八月右請求が棄却された事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、被控訴人がした右更正決定の適否を判断する。

(一)、先ず、取締役であつた遠藤義男、塩飽似滝、坂本勇が更に使用人としての地位も兼ねていたかどうかについて検討する。成立について争いのない甲第一号証、乙第三号証、原審証人高田武夫の証言、原審における控訴会社代表者本人遠藤義男、当審における控訴会社代表者本人坂本勇尋問の各結果を綜合すると、控訴会社には業務の執行に当る代表取締役のほか、これを補佐する一名の専務取締役と若干名の常務取締役が置かれ、右専務、常務取締役は他の取締役と異つて常勤とされていたこと、遠藤義男、塩飽似滝、坂本勇は、いずれも控訴会社設立当時からの取締役であつて、右遠藤は昭和二十八年中頃まで専務取締役であつたが、その頃代表取締役山成愛一の辞任に伴い代表取締役に就任(その後専務取締役は欠員)したこと、控訴会社は僅か一、二名の程度の従業員を使用する小規模な会社であつたため、取締役は取締役本来の職務のほか、遠藤義男は経理、塩飽似滝、坂本勇は調査、貸付、鑑定、回収等会社一般事務の処理に当つていた事実を認めることができ、これを覆えすに足る証拠は存しない。

ところで、控訴会社の如く従業員の極めて少数な会社にあつては、代表取締役の地位にある者が本来なら使用人がするような業務を担当していたとしても、これは会社の業務執行自体と認むべきものであることは多言を要しないところであるばかりでなく、右代表取締役を補佐する立場にある常勤の専務取締役ないし常務取締役が、右と同様の業務に従事していたとしても、これは代表取締役を補佐する立場においてその業務を担当しているものと解すべきものであるから、使用人一、二名程度に過ぎない控訴会社において、専務取締役から代表取締役に就任した遠藤義男、常勤の常務取締役の地位にある塩飽似滝、坂本勇が、各前示の如き業務を担当していたとしても、これを目して使用人兼務役員であるとすることはできない。従つて、右三名の取締役に支給した本件の各手当を、使用人兼務役員に対する賞与として、法人税法上損金に算入すべきであるとの控訴人の主張は失当である。

(二)、進んで、本件の各手当の性質、換言すれば役員賞与が役員報酬であるかについて検討を加える。控訴会社の定款第三十四条に被控訴人主張のとおりの規定が存すること、昭和二十八年一月以降一カ月に遠藤義男が金四万円、塩飽似滝、坂本勇が各金三万三千円の報酬を支給されていた事実は、いずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、前記乙第三号証、成立に争いのない乙第六号証の一ないし三、当審における控訴会社代表者本人坂本の供述によつて成立を認める乙第五号証の一ないし三および原審証人高田武夫、原審における控訴会社代表者本人遠藤義男、当審における控訴会社代表者本人坂本勇尋問の各結果並びに本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、控訴会社の取締役会は、前記定款の規定に基き役員に対する一カ月の最高報酬額金二十五万円以内で昭和二十八年一月以降の役員に対する報酬月額を、遠藤義男金四万円、塩飽似滝、坂本勇各金三万三千円、監査役高田武夫金二万円、同山成愛一金一万三千円、その他の役員四名で金一万二千円合計金十五万一千円と定めたが、これに本件の各手当を加算すると、定款所定の報酬総額より夏季手当支給月において金六千円、年末手当支給月において金二万七千円超過するに至ること、本件手当は控訴会社の利益を予測して臨時に支給されたものであつて、これと同時に、しかも同率で支給された監査役高田武夫に対する手当(夏季、年末合計金五万円)のみが役員賞与として別途益金に計上されていること、遠藤義男、塩飽似滝、坂本勇の前示報酬額は、必要に応じて随時増額された昭和二十八年中においては控訴会社と同地域における同程度の会社役員報酬と比較し、控訴会社の当該事業年度における業績を考慮しても、なお高額の部に属する事実を認めるに足りる。他に、右認定を動かすに足る証拠はない。もつとも、控訴人は、前記定款の規定によつて控訴会社の役員報酬は一年金三百万円以内と定められたものである旨主張するが、右定款の規定は役員に対する一カ月の最高報酬額を定めたものであつて一年の役員最高報酬額を定めたものでないことは、右規定に徴して明らかであるから、右主張は採用しない。

憶うに、役員賞与とは、通常企業の経営を委任された者が委任の趣旨に従つて経営に専心した労に報いるため、会社利益を勘案したうえ、株主総会の決議を経て利益金から支出されるものを指称するが、特定の給与が役員賞与に該当するかどうかを判断するに当つては、必ずしもその支出形式にとらわれることなく、会社の業務執行上必要な対価として相当と認められないかどうかという実質に従つて決すべきものである。そこで、本件の各手当についてこれをみるに、右の各手当は控訴会社がその利益を予測し臨時に定款に定めた役員報酬総額を超えて支給したものであり、しかも、これと同時に同率で支給された監査役高田武夫に対する手当は役員賞与として計上されているほか、前記三名の取締役に対する報酬月額が必要に応じて増額され昭和二十八年中においてはかなり高額なものであつたこと等前に説示したとおりである以上、本件の各手当は、株主総会の決議を経て支給されたと否とにかかわらず、控訴会社の業務執行上必要な対価として相当なものと認められないから、役員賞与と認むべきものといわざるを得ない。従つて、右の各手当が役員報酬であるとして法人税法上当然損金に算入すべきであるとの控訴人の主張は、到底採用するを得ない。

そうすると、被控訴人が、本件の各手当を役員賞与と認め、法人税法上益金に該当するとしてした更正決定は相当であるから、これが変更を求める控訴人の本訴請求は、失当として棄却を免れない。

三、それ故、控訴人の右請求を棄却した原判決は、結局相当であつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条につきこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九十五条、第八十九条を適用し、主文のとおり、判決する。

(裁判官 高橋英明 柚木淳 長久保武)

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